もう二度と来ないぞ!?2泊3日のマニラ旅(歴史)

もう二度と来ないぞ!?2泊3日のマニラ旅(歴史)

どうも!トムです。

今回はシンガポールのナショナルホリデーのタイミングで3日ほどのお休みを頂いて、シンガポール国外へ飛んでみることにしました。そこで候補になったのが、ミャンマー・インドネシア・フィリピン・ラオス。4連休が被っていることが影響して、調べてみると普段より航空券が高い時期でした。

そんなタイミングで選んだ行き先は、フィリピン・マニラです。数年前からよく耳にするようになり、昨年からより一層僕の中で注目度が高まっていました。昨年の行きたい国に挙げていたにも関わらず行けず仕舞いだったので、この機会に行ってみることにしました。

フィリピン・マニラのイメージ

  • スリ・ぼったくり・置き引きなどの犯罪に加え、未だに場所によっては命の危険がある
  • 経済的には発展しつつあり、マレーシアなどと同じくらいの街並みが広がっている
  • 不動産としての投資価値がある
  • 発展途上国ならではの活気があり、ビジネスチャンスに溢れている
  • 麻薬は死刑
  • 英語圏でネイティブな人がいっぱい

…etc

色んな噂を聞いてきましたが、百聞は一見に如かずということで行ってきました!!!

実際にかかった費用

  • 飛行機代(スクート・ジェットスター) $488.5
  • ホテル代 $88
  • 現地移動費(Grab) $85
  • その他(食事や入場料等)$200
  • *カジノ $200

合計:約$1,000(8万円)

*おまけ:ホテル

今回宿泊したHotelは、マニラのマカティというエリアにあるThe Mini Suites Eton Towerというホテルでした。やはり様々なサイトを見ても未だ治安の悪さが否めないフィリピン・マニラ。その中で安全な地区を調べると必ず出てくるのがこのマカティというエリアでした。

お金や利便性は命には代えられないので、少し観光地からは離れているものの、このエリアを選択しました。他に安全だと言われているのはBGCというエリアで、マカティもBGCもオフィスエリアです。逆に危険だと言われているのは、マラテ・エドサ・キアポという観光地です。やはり何も知らない観光地を狙っての犯罪が多いようです。

今回のホテルは、そんな安全だと言われるマカティにあるホテルです。中は非常に簡素な設備で、最低限のものが揃っています。清潔感はありますが、非常に壁が薄いので、隣の部屋のおじさんの咳払いが聞こえてきました。それらはまだ我慢できるレベルなのですが、オペレーションが非常に悪くチェックインに1時間以上かかりました。日によって違いはありますが、びっくりするくらい手際が悪いです。

総評で言えば、もう二度と泊まりません。(笑)

街を散策前に知っとこフィリピンの歴史

〇植民地時代

フィリピンでの人類の歴史は、紀元前にマレー半島から移り住んだ人々と、原住民が現在のフィリピン人の祖先だと言われております。そこからフィリピンが歴史に登場するのは14世紀ごろです。この頃当時の海上交易をおこなっていたイスラム商人の影響を受けて、フィリピンにもイスラム教が浸透します。その為、マニラはイスラムの街として発展を遂げます。

しかし、1521年世界一周をしたことで有名なマゼランがフィリピンに到着したことをきっかけにスペイン統治の時代へと突入し、16~19世紀まではスペインによって統治されてきました。この際マニラとメキシコのアカプルコの間を船で往復したガレオン貿易の拠点として栄えました。

またこの時にマゼランの船に同行していた修道士によるキリスト教の布教活動が始まりイスラム教からキリスト教へと変化をしていきます。

余談:1521年にフィリピンに到着したマゼランはスペイン支配の活動を続ける中で、マクタン島の領主ラプ・ラプと対立し、敗退、落命しました。

19世紀末にスペインに独占支配されてきたマニラ港が自由港になると、様々な思想が海外から入ってくるようになり、植民地統治の革命を目指すプロパガンダ運動をはじめ、1896年に独立革命に発展します。この時に中心になった人物がホセ・リサールです。そして1898年にアギナルド大統領によって、スペインからの独立を果たしました。

しかし、米西戦争で勝利しフィリピン領有権を獲得し独立を否定された為、1901年に米比戦争の結果、アメリカの支配下になります。そして第二次世界大戦中は日本軍がフィリピンを占領し、この時2度目の独立を果たします。

その体制も長くは続かず、第二次世界大戦に日本が敗北すると一度はアメリカの植民地へと戻ることを余儀なくされましたが、1946年にアメリカからの独立を宣言し、フィリピン共和国が誕生したのです。これが現在のフィリピンです。

〇大統領遍歴

そして1965年に第10代大統領にフィルディナンド・マルコスが就任します。マルコス大統領は、当初失業率の減少や、アメリカとの国交を強めるなどフィリピンの発展に貢献したと言われています。しかし、それ以上に強権的な独裁政権を敷き、反政府運動を弾圧し、民主化の阻害に加え、国家資産の横領などを20年にわたって繰り返してきました。

そして1983年事件が起こります。マルコス大統領と対立し、アメリカに亡命していたベニグノ・アキノ・ジュニアが打倒マルコス大統領のためにフィリピンに帰国。しかし、到着したマニラ国際空港で何者かに射殺されたのです。事件後フィリピン政府は「空港警備員を装った男に射殺された」と発表しますが、後に「連行した兵士が射撃した」というニュースが世界中に報道され、マルコス政権に大打撃を与えました。

この事件を機に夫人であるコラソン・アキノが打倒マルコスの象徴となって1986年のエドサ革命で終わりを迎えます。そしてコラソン・アキノ大統領が誕生します。そこから独裁時代を築いたフィリピン共和国憲法を停止。1987年に市民的自由、人権、社会正義、多選禁止に重点を置いた新憲法を打ち立てます。

コラソン・アキノ大統領退任後は、フィデル・ラモス大統領、ジョセフ・エストラダ大統領、グロリア・マカパガル・アロヨ大統領と続き、第15代大統領に、コラソン・アキノ大統領の息子であるベニグノ・アキノ3世が就任します。

民主主義のために命を捧げた両親の意志を引継ぎ、2010年から2016年の6年間の任期を全うした。その中で、腐敗した政治体制を改善したこともあり、海外からの投資が活発に受け入れることができるようになってきました。

そして、ベニグノ・アキノ3世に変わって第16代大統領に就任したのが現在のロドリゴ・ドゥテルテ大統領です。大統領就任後、「麻薬撲滅」のための大胆な政治活動が世界の注目を集め、その是非が問われています。

フィリピン・マニラ~観光~

  1. マニラ大聖堂
  2. サンチャゴ要塞
  3. バルアルテデサンディエゴ
  4. イントラムロス
  5. フィリピン国立美術館
  6. カジノ

カンボジアと言えばアンコールワット。インドネシアと言えばバリ、ボルブドゥール遺跡。タイと言えばワットポー、マッサージ。と様々な国でその国の名物がぱっと比較的思いつくものの、フィリピン=セブというイメージが強く、マニラに限定するといったい何があるのか全く想像がつきませんでした。

そこで”フィリピン”、”マニラ”、”観光”と調べても、ピンとするものが全くない。(笑)でもせっかく来ているので、可能な限りの情報をもとに上の6つに訪れてみました。街歩きがメインなので、観光地はあったら行こう位の気持ちで来ましたが、まさかこんなにないとは…。

まず結論から申します。マニラ観光やることないっす!!!(笑)
先に伝えたので、興味ない人スキップして食に進んでください。それでも興味のあるのはきっと親くらいですが、レポートとついでに一応書きます。(笑)

しかもカジノを除く5つは非常に密集しており、歩いてすべて回れてしまいます。とりあえず旅はなんとなくマニラ大聖堂からスタートです。やはりメインの観光地らしくたくさんの客引きが大聖堂の前にはいました。それを見て「観光地に来たな~!」と実感します。

ただそれ以上に目を引くのは目の前のリムジン。明らかに結婚式に使うようなリムジンが大聖堂の前に止まっています。それを片目に中に入ると、観光客がいる中結婚式が執り行われていました。この光景は初めて見るので新鮮で面白かったです。

そのままちょろっと歩くとサンチャゴ要塞。ここでも何故か結婚式が行われていました。ど平日にどこもかしこも結婚式、不思議な感覚です。他にもこのサンチャゴ要塞では、ゴルフのショートコースのようなものが隣接されており、まるでみんゴルの世界に入り込んだ気分です。

また、このサンチャゴ要塞の奥に行けば、独立のきっかけを作ったホセ・リサールの記念館があり、これは調べた歴史よりも詳しく学べるので非常に面白かったです。

そこからカーサマニラ博物館でそうそうに地ビールを飲み、サン・アグスティン教会を横目にバルアルテデサンディエゴを目指します。この長い名前のバルアルテデサンディエゴだけは写真見ていってみたいなと思った場所で、石造りのかつての要塞です。

生憎の大雨でしたが、非常に綺麗で一見の価値ありです。またやはりここもゴルフ場に囲まれており、みんゴルの中のゴルフ場が体験できます。おそらく今僕が回ると死者を出しかねないのでもう少しうまくなってから周りに来ます。

そしてこれら3つの観光地は、スペイン語で「壁の内側」という意味のイントラムロスと呼ばれる、16世紀にスペイン人によって建てられたマニラ最古の中にあり、いたるところで城壁を目にすることができます。一部はスターバックスなどに改修され、近代化しています。

そんなインタラムロスから少しだけ外れた場所にあるのが、フィリピン国立美術館。本当は国の歴史を知れるような博物館に行きたくて、調べて出てきたのがここで、来てみたのですが、完全に美術館でした。マニラを代表する美術館で、フィリピンを代表する画家Juan・Lunaの作品などが多く展示されています。

建物は4階建てで非常に見ごたえがありますが、知っている画家は一人もいませんでした。最近「楽園のカンヴァス」という原田マハの本を読んだばかりだったので、美術館に興味がわいていたのですが、まだまだ美術は理解できませんでした。

そして締めはやはりここでもカジノへ。今回行ったのは「リゾートワールドマニラ」にあるカジノです。カジノについて詳しくまとめているサイトがあったので、フィリピンのカジノが気になる方はこちらを参照にしてください。シンガポールに比べて少し暗い印象。

ただカジノ内に入ると目の前の生演奏が目を引きます。「勝ってここで酒を飲もう」という決意と共に、1周ぶらり。スロットゲームが非常に多く、テーブルゲームは大半がバカラでした。そんな中、ブラックジャック、ルーレット、バカラと遊び1時間で手持ちの資金はスッカラカン。気持ちよくカジノを後にしました。(笑)

うん。以上。本当にもう二度と来ないぞ!マニラ。(笑)

フィリピン・マニラ~食べ歩き~

  1. フィリピン料理「Sentro1771」
  2. スペイン料理「Alba Main Branch」
  3. ペルー料理

1.フィリピン料理「Sentro1771」

初日はやっぱりフィリピン料理!調べたらすぐに出てきて、いくつかのサイトでも紹介されていたマカティエリアのお店「Sentro1771」に行きました。フィリピン料理と聞いてもピンときませんでしたが、メニューを見ると比較的海鮮が多い印象です。

適当にシェフレコメンドの品を4品注文しました。あとはサン・ミゲルを注文。フィリピンのローカルビール欄にサンミゲルがどの店舗もあるので、サン・ミゲルってフィリピンのお酒なのかな~。と思って調べてみると、サン・ミゲルというフィリピンの商社のお酒らしい!!知らなかった。

フィリピン料理の名物の1つ、Sinigang(シニガン)という具だくさんのスープを注文しました。お肉も野菜もゴロゴロと入ったスープで、あっさりした塩味とか、ポトフ的な味を想像して食べたのですが…。味は結構濃いめ。そして何が効いてるのか、酸っぱい。不思議なスープでした。

他の3品も不味くはないんだけど、どれも味が非常に濃く最後まで食べきれない。フィリピン料理ってこの1件しか結局行かなかったけど、こんなに濃い味なのかなー。お酒は進むけど、体に良くないなー。

2.スペイン料理「Alba Main Branch」

スペイン料理のお店「Alba」があるのは、少しホテルから離れたエリアです。帰りにホテルまで歩いてみて気が付いたのですが、実はこの辺結構な繁華街で、若い女の子たちが店前で客引きをしているお店がいっぱいありました。

そんなエリアの一角にあるのが今回行った「Alba」です。店内には何組か現地の日本人っぽい人もおり、ここが人気店であることが伺えました。また、店内には生演奏をしてくださる方もおり、テーブルを回りながら演奏してくださいます。雰囲気は非常にいいです。

食事はアヒージョ・クロケッタ・パエリアと頼みましたが、どれもすごく美味しかったです。ちょっとやっぱり味が濃いのかな~って気もしましたが、許容範囲内。おいしく頂きました。スペインで食べても、日本で食べても、フィリピンで食べてもスペイン料理は味がブレがなく美味しいですね。

3.ペルー料理「Samba」

ネットサーフィンをしていて出てきたのが、「ペルー料理」。一度も食べたことがなく、全く見当もつかない。なかなかない機会なので、ちょっとホテルからは外れてしまうが行ってみました。場所は、これまたオフィス街。どうもこちらの方がマカティエリアよりもきれいで明るい印象。

そんなエリアのシャングリラホテルの8階に今回の紹介するペルー料理「Samba」はあります。半袖短パンで行ったことをちょっと後悔しながら、エレベーターを昇ると、おしゃれなプールに併設されてお店はあります。店内は寒すぎるのと、外の方が雰囲気が良かったので、外の席に座ります。

全くメニューの文字を見ただけではどんな料理か想像もつかないですが、有難いことに絵があるので、絵を見て注文。今回も前菜・スープ・魚・米と4品を注文。ワクワクしながら待っていると、笑顔で店員さんが運んできてくれます。なんかこんなことで?と思いますが、それだけで非常においしいと確信してしまいます。(笑)

実際に味は…本当においしい!!!!!
今回行ったお店の中で断トツ一番です。ペルー料理ってこんなにおいしいんだ。と感動レベルです。調べてみると、ペルーは南米のグルメ大国。スペイン料理に似ていますが、ちょっと違って非常においしい。

シンガポールにないかと調べてみると1店舗だけ発見。しかも家から近いので今度行ってみようと思います。今回のフィリピン旅行で唯一良かった!と思った場所でした。(笑)

〇疲れた体に最後は…

  1. カラダファクトリー

実は今回のフィリピンの目的の1つがこのカラダファクトリーでした。ストレッチとはまた違う角度から体の悩みにアプローチをするお店のここは、日本を中心に世界に300店舗以上展開しています。今まさに僕らがこれから世界展開を進めていくうえで、ベンチマークし学ぶべきお店でもあります。

シンガポールにはお店はありませんが、ここフィリピンでは非常にうまくいっているという話を聞いていたので実際にマカティエリアのお店に行ってきました。ベッド台数は9台。奥に個室のような部屋があり、数人の日本人が勤務していました。

ローカルの施術者と、日本人で料金が異なり、日本人指名は約倍の金額します。お店の中のお客様の多くはローカルのお客様でした。やはりこうやってしっかりとその国のローカルを対象にビジネスを展開する。というのが大切な点だなと改めて感じます。

またフィリピンに行く機会があれば、学ばせてもらおうと思います。3日間歩き回った疲れをすっ飛ばしました。

まとめ

1.何かとお金がかかる

シンガポールからフィリピンマニラへの旅行は時期にもよりますが、約$1000(8万円)ほどの費用が掛かります。フライト時間は3時間。決してすごく近いわけではありません。物価もシンガポールに比べれば安いですが、ものすごい安いわけではないので、現地で何かとお金がかかりました。

2.観光と治安

その一方で目ぼしい観光地と呼べるものはそれほどなく、あまり観光として楽しい都市ではなかった印象です。また、まだまだ政治が安定しておらず、決して治安的にも安全だとは言い難いのが現状です。夜の街には街灯が少なく、歩き回るのには怖さを感じます。特に繁華街の以下の3つのエリアは危険だと言われています。

  • マラテ
  • エドサ
  • キアポ

行く際は細心の注意を払いましょう。何かがあってからでは取り返しがつきません。自分の身は自分で守りましょう。

3.食べ物

フィリピン料理は個人的には味が濃く、重たかった印象です。でもスペイン料理やペルー料理など多国籍料理も味わえます。特にペルー料理は非常においしかった。これが今回マニラに行っての最大の発見でした。またどこかでフィリピン料理にもトライしたいですが、今回は3日間で味が濃く重たいものを食べすぎたので管理栄養士に注意されました。(笑)

トータルして考えると同じお金を払って旅行をするならもっと違う国に観光に行きたいなと思いました。もし、「マニラめっちゃ楽しいよ。」って人がいたら是非遊び方を教えて頂きたいです。これからも時間を見つけて世界を見て回りたいと思います。ここからはまた、仕事に集中しまーす。良い休日でした。

Tom Yoshida

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