触れることの科学 なぜ感じるのか どう感じるのか

著:デイヴィッド・J/リンデン 訳:岩坂彰

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触れることの科学 なぜ感じるのか どう感じるのか [ デイヴィッド・J・リンデン ]
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 はじめに

コロナウイルスの大流行によって多くの国がロックダウンに近い施策を取った。各国で期間や強制力や範囲はそれぞれであったが、経済活動がほとんど停止してしまったことは間違いない。それだけでなく多くの企業が出社を禁止、リモートワークへと切り替えた。そこで注目されたのが、ZOOMを始めとするオンライン会議システムである。確かに非常に便利で、シンガポールにいながらも日本の人と簡単にMTGが行える。それだけでなく、「ズーム飲み」なんて言葉まで流行し、コロナ終息後も、リモートワークが推奨され、飲み会もリモート開催が増えるのではとも言われている。

確かに、「対面で会う必要があるの?」という質問に対して、なかなか答えずらい。これだけほとんどの事が問題なく回るように見えてしまうと、「本当に必要ないのではないか?」とさえ思えてきてしまう。でも個人的には、「そんなことはないと思う」。サイバーエージェントの藤田社長も先日のニュースでちらっと言っていたが、空気感というか数字などに表しにくい「雰囲気」がなかなかオンラインでは拾いにくいと感じている。

こんなところからふと、「人が触れ合う」意味って何だろう。触れなきゃ伝えられない事とがあるのではないかと思った。それがわかれば私たちのトレーナーという仕事においてはまた、強みになると思う。そこでまるでエロ本のようなこの本を手に取った。もちろん、中身の一部は「セクシュアル・タッチ」や「オーガズムとはなに?」のような科学的なエロ要素も組み込まれているが、それも含めて、人の身体とは神秘的である…

「感覚値の世界」

大学生の時、毎年富士山に挑戦した。理由は、毎回天候が優れずご来光が見れなかったから。「ご来光を見るまでは登り続けよう」そう思って挑戦し、4回目の挑戦で最高のご来光を拝むことができた。まさに、「地球の美しさを、人生のすばらしさを肌で感じた瞬間であった」。人は、目の前の出来事を五感を通して感じるのである。だから心から美しいと思い、感動し、時には涙するのだと思う。

今、直接的な人と人との関りがなく多くの事ができてしまう。このロックダウン(シンガポールではサーキットブレーカーと言う)の期間で、オンラインで買い物もするようになり、人と話すこともなく、出会うこともなく、家での生活が成り立つようになってしまった。何をするにも非常に便利である。間違いない。しかし、この利便性と引き換えに何か重要なものを私たちは失っているのではないだろうか…。

人の感覚は非常に繊細であり、ものすごく細かいことを認識することができる。少しの皮膚の凹凸の変化を敏感に感知し、脳に指令を送り認識している。それは、そよ風が吹いた程度の些細なものですら感じとれるほどの高精度なセンサーである。これは、人間のデフォルト機能なのだろうか。もちろん最低限の機能はデフォルトとして設定されているだろうが、そこから変化することはないのだろうか。トレーナとして、言える事は「この機能は確実に研ぎ澄まされるし、衰えもする」ということである。

1か月に150時間以上、50人近い方の施術をしていた時は、間違いなくものすごく感覚は研ぎ澄まされていた。マッサージのお店に行くと、「あー。そうそう。その奥が気持ちいんだよ」という筋肉の線維の間に指が入ってくる感覚を得る事があるが、こういう人は指の感覚として筋肉を面ではなく、点で捉える事が出来るのだと思う。しかし、長い間施術から離れてしまうと、その感覚は鈍り、「筋肉が見える」ほどの感覚は無くなってしまった。

運動が減ると運動機能が低下すると、健康に支障をきたすように。人だけでなく、熱い・冷たい空気や、雨、風、湿気その他多くの物と触れる機会が減ることは、触覚という人間の五感の1つを鈍らせていくと思う。視覚が衰えても、メガネやコンタクトレンズがあり、聴覚が衰えても補聴器があるように、触覚が衰えてもそれを補う何かが現れる時代が来るのだろうか。今のところ「オンライン○○は、肌に合わん」。

おわりに

「平成生まれ?それにしては考えが古いね。」とよく言われます。親の教育の結果でしょうか。少し古臭い考えに育った気がします。現在の世の中の風潮が、ITだ。オンラインだ。AIだ。となっているのがあまり好きではありません。ただ、乗り遅れているだけ、うまく使いこなせてないだけの田舎のおっちゃん。まるで僕のオトンのような存在なのかもしれません。でも、便利なのはわかるけど、なかなか進んで活用できていません。

今コロナの中で、オンラインでMTGはすべて行っていますが、対面で行うよりもストレスです。なんか終わった後の気疲れがすごいです。人にはAIでは絶対に敵わない素晴らしい能力があると思います。そこに、人にしかできない仕事や価値があると思います。上手く共存はしつつ、恩恵にあやかりながらも、人の価値。人間にしかできない事という点にもっともっと視点を当てていきたいと思います。一見エロ本ですが、非常に面白かったです。興味ある方は是非!

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気になったフレーズ(抜粋)

第一印象を持たずにいる事はできない
社会学心理学、ゲシュタルト心理学の第一人者であるソロモン・アッシュ教授は
「人を見るとき、私たちは即座にその人の性格について、何らかの印象を抱く。ひと目見るだけ、二言三言話すだけで十分で、かなり複雑なことがらが見えてくる。こうした印象を一瞬のうちに易々と形成される。その後、観察を続ければ、その第一印象は強まったり、あるいはひっくり返ったりするかもしれないが、最初の一瞬の印象形成は、しないでおこうと思ってもできない。物を見せられたら、メロディーを聞かされたりした時にそれを知覚せずにいることができないのと同じである。」
人に人を紹介する際の特徴の描写として「温かい/冷たい」と言う温度感を含む言葉は、第一印象形成において重要な要素となる。
「温かい」は‥
安全、信頼、そして脅威の不在と関連づけられる
またこの事は文字からだけでなくその瞬間の被験者の皮膚の感覚によっても左右されるのである。
どう言うことかと言うと‥
「知的・器用・勤勉・頑固・実務的・慎重」などの特徴が書かれた人物に対しの印象は、ホットコーヒーを持っているのか、アイスコーヒーを持っているのかで変わるのである。
ホットコーヒーを持っている方が架空の人物を温かい人と知覚した。
手の皮膚を通してとの身体的な温かさを感じた経験が、実際に対人の印象に喚起したのである。
また、チーム内での触れ合いの多い(ハイタッチやチェストバンプなど)チームほど強いと言うデータもある。これは協調性を築く事に役立っているのである。
また、身体的接触は、人を支えたい、従いたい、感謝したい、支配したい、注意を引きたい、遊びたい、仲間に入りたいなどの気持ちを相手に伝えるために、ほかの感覚を使う合図と合わせて利用できる事を、私たちは社会的経験を通じて知っている。それらをデータとして裏付けられているものもある。それは外向きの感情である。
困惑、嫉妬、誇りなどの内向きの感情は触れることではうまく伝わらないが、外向きの愛情や感謝、同情は触れることで伝えることができるのである。
このように触れること、もっと言えば人の「皮膚」は非常に神秘的であり、想像以上に多くの情報を吸収し、そして発信している。
この皮膚には4種類のセンサーが埋め込まれているのである。
  • メルケン盤
  • マイスナー小体
  • パチニ小体
  • ルフィニ終末
〇メルケン盤
皮膚比較的浅い層に存在する為、物体表面が皮膚に作るごくわずかな凹みにも反応する。質感や物体表面の特徴を識別するのに働く。
○マイスナー小体は‥
さまざまなものを適切な強さで触れる事に作用する。硬貨などを摘むなどする際、しっかりと保持するのに必要最低限の力を使うのが望ましい。
○パチニ小体は‥
振動を感知する働きがある。直接触れるものもそうだが、道具などを用いた際に、その離れたものの触覚情報もパチニ小体が拾っている。
○ルフィニ終末は‥
皮膚の横方向の引っ張りを感知する。ここからの情報を脳がどのように利用しているかは、まだあまりわかっていない。
人は加齢に従い、このメルケン盤とマイスナー小体の密度が3分の1に減っていく。これによって皮膚の鋭敏さも同程度に低下する。
人の痛みを感じるセンサーには特徴がある。
ハンバーで間違って自分の指を叩いてしまっても、痛い事は痛いだろうが、少なくともなぜ痛かったかはわかっているし、将来同じことが起こる可能性を抑えるよう状況をコントロール
できると思っている。その知識が脅威の感覚を小さくし、痛みを軽減する。反対に、痛みがいつ再び起きるか分からない場合は、痛みの度合いもその経験の不快さも強くなる。
痛みとネガティブな感情は深く絡み合っている。心が傷つきやすい人、特に人間関係で人に拒絶された時に傷つきやすい人は、身体的な痛みについてもほかの人よりも強く深いと評価する傾向にある。
人に拒絶される事は、本当に痛むのである。
余談になるが、
人が「楽園」というと南国のビーチをイメージし、ニューヨークやスキーリゾート、ディズニーランドではない。
その理由は天候にある。恒温動物である私たち人間は、深部体温が数度変化する事に耐えられない。そして、楽園とは、人の深部体温である約37度を維持するために懸命になる必要がない場所を指すのである。

ABOUTこの記事をかいた人

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