懇願

懇願

お願いです。本当にお願いですから
たった1回負けたくらいで、やめないでください。

(引用:覚悟の磨き方 超訳:吉田松陰 編訳:池田貴将)

吉田松陰からお願いされちゃったら頑張るか!

「負け癖は良くない」とか。「勝ち癖を養え」とか。いろいろ言われてきた。
サッカーやってきたときもそうだった。そして、それが大切だと信じてきた。勝負である以上勝たなければいけない。

高校サッカーでもそうだった。練習試合?紅白戦?関係ない負ければ罰走が待っている。意地でも、血反吐を吐いてでも勝ち続けることに執着しなくてはいけない。そうやって、サッカーを通して育てられ、育ってきた。それがすべてだった。

それはプロとしてお金を頂き海外でサッカーをやるようになってからも変わらなかった。いやむしろもっと顕著であった。高校サッカーはいい。別に負けたって首にならない。監督に怒られて、今ではほとんどないが、最悪殴られて、罵倒されておしまいだ。サッカーを取り上げられることはない。

まあ、もちろん。殴られたがために、精神的苦痛により、サッカーを取りあげられる。なんてことはあるかもしれない。ここではちょっとそういった教育的寒天は置いておく。何が言いたいかと言えば、日本の高校サッカーであれば、ほとんど移籍も、戦力外通告もなく、チームに所属することは可能だ。

ちょっと脱線するが、オーストラリアで一緒にプレーしていた友達Sはこの道から外れていた。スーパー優秀な選手として、高校に入学して物の、そのプレーの道は閉ざされ、それでもサッカーを第一線でする道を求めて、高校サッカーにとって大事な1年を棒に振ってでも移籍している。ぶっちゃけ、その辺のサッカー選手と覚悟が違う。そんな彼の性格も、プレーも、練習への姿勢も大好きだった。…話は戻そう。

でもお金をもらってサッカーをする。いわばプロの世界は違った。負けたら終わりだ。練習で目の前の相手に負けたら出られないし、お金ももらえない。出られなきゃ、いらないから首だ。わかりやすい。だから負けちゃだめだ。絶対。そういう世界で育ってきた。少なくともその世界にちょっとだけど身をうずめた。

このきわきわの世界でサッカーなり、スポーツを続ける選手を僕は本当にすごいと思う。毎日が生きるか死ぬかの戦いで、毎日勝ち続けなければいけないから全力でいなければいけないのに、ケガをしちゃいけない。スーパーリスキーな場に立たされている。毎日カラダと心が限界で戦っていた。

色々考えた時、これ以上続けられないと判断した。身体も手負いだったが、それ以上にメンタル的な戦いに耐えられなかった。初めて、目の前に道がありながらも「逃げた」。負けた。

 

この負けを払拭すべく、今のフュービックに入って無我夢中で頑張った。まっすぐ、とにかく勝ち続ける事に拘った。それがサッカーで学んだことを社会で生かすこと。自分の人生を無駄なものではなかったと肯定するための唯一の手段だった。

でもやっぱりその戦いは苦しい。自分で自分を追い込み続ける。長く続ければ続けるほどに苦しくなる。そうして潰れそうになっていたある時、H取締役に言われた一言は今でも忘れない。

「負けたっていいさ。勝ちは譲ってやれ。その代わり本当に勝たなきゃいけない1戦だけは勝たせてもらえ。」

これは、今の僕の大きな支えになっている。
だから、僕は1度負けたぐらいじゃやめませんよ。松陰さん。

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